2016/10/28

新ブログで毎日更新中です。

こんにちは。
こちらは旧ブログです。
新ブログはこちらで毎日更新中です。

新ブログが書籍になりました。

続々重版中です。




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2016/06/17

書籍出版のお知らせ

お越しいただきありがとうございます。こちらは旧ブログです。お手数ですが現在は新ブログに移行しています。

このブログの新しいブログ簡単に暮らせが書籍出版されます。2016年6月20日発売予定です。書店さんでは夕方くらいに並ぶ予定です。アマゾンなどの通販サイトは21日の予定です。現在予約受付中です。


2015/01/01

ブログを移動します。2015/01/01

こんにちは。

お知らせです。

本日より、ブログを移動します。

正確には「引っ越し」ではなく、イチから新たなブログを作りました。
タイトルも変わりました。

新しいブログは・・

簡単に暮らせ

(↑タイトルをクリックすると、移動します。)です。

このブログは、このまま残しますので、今日までの記事はそのままこちらでご覧下さい。新しい記事は新しいブログで更新します。お手数ですが、宜しくお願いします。

2014/12/19

節約するよりトクすること。


平凡な日常生活の中でも割と簡単にワクワクしたり、トクするためのコツがあります。


「な~んだ。」


と言われるのを覚悟ですが、「早く起きること」です。



平日の起床時間は、だいたい5時です。弁当と朝食を作り真冬でも朝シャン&シャワーを浴びます。スッキリしたところで着替えて6時くらい。再び台所に戻り、家族が起き出すので朝食を出します。ただ、これだとたいして「自分の時間」はありません。


そこで休日は4時半くらいに起きるとかなり違います。「今日は、ゆっくりしたい。」と思うときには4時半に起きると朝に30分のゆとりと自分の時間ができます。普段、土曜日はオットは休みですが子供は学校です。子供を送り出した直後に軽くウォーキングにでると気分爽快です。夏であれば日の出が早いので日の出と共にウォーキングをしてから弁当と朝食作りをすることができます。今は日の出の時間が遅いので、子供が家を出た直後くらいがちょうど良いようです。


真冬の朝はとても寒いですが、その代わり空気が澄んでいてとてもすがすがしいのです。一日のスタートがすがすがしいと、その日一日気分良く過ごせます。


ここ数年というもの、朝は休日でも暗いうちに起きるのが習慣になっています。朝の雰囲気が好きなのです。夜遅く起きているよりも朝早い時間に過ごす方が好きです。


日常生活では、ワクワクするためにお金をかけたり、わざわざどこかに出かけたりしなくてはと思いがちです。でも朝、起きる時間を早くするとか、たった、そんなことで簡単にワクワクを生み出すことができます。


2014/12/16

「心配」は、ハッキリ言って迷惑。


「心配だわ~」

「心配なのよ~」

「大丈夫~?」

「変わりないよね?」


その時の状況とニュアンスにもよりますが、本心で言っている場合、これは言われた相手にとっては実は迷惑この上ありません。

というのは「心配だわ~。」と言われた当人は、普通は「心配する必要がない理由。」を説明しなくてはいけなくなるからです。本心は、当人こそが不安で心配であるのに先に自分以外の人から「心配だわ~。」と言われると「不安で心配な自分」を外に置いて、まずはその人を気遣わなくてはいけなくなります。それ以下の声かけも同様です。


「心配だわ~。」と安易に自分以外の人に言ってしまう人は「心配する優しい自分」にある意味酔っています。また、相手に信頼を置いていないということにもなります。誰しもアクシデントは付きもので、何が起るかわからないというのは万人に共通していることです。

なので、「心配だわ~。」の一言は百害あって一利なし。


うっかり、言ってしまいやすいので注意したいと思います。

「余計な一言」も断捨離です。




2014/11/15

出さない方がマシな年賀状とは。

毎年「そもそも年賀状って必要なの?」と思うけれど
そろそろ、年賀状の準備を考え始めている事と思います。毎年、年賀状については「いっそ、なくても良いんじゃないか。」とか「無駄なのではないか。」なんて考えが脳裏をかすめることがあります。こんなことを書くと、怒る方もいるかも知れませんね。




筆無精の人にはそもそも負担なのかもしれない
・・と思うのは、裏も表も印刷だけの年賀状を頂いたときです。中には、筆無精の人もいるので、悪気がない事がほとんどだと思います。けれども、こういう方は苦手な年賀状を習慣本人にとっても負担なはずです。

けれども素っ気ない年賀状はもらうと悲しい
それから、いつもは一言添えられていたのに、その年に限って印刷だけだったりすると、「私、何か失礼な事をしたかな?」とか「何かあったのかな?心の余裕がないのかな?大丈夫なのかな?」といろいろ考えてしまいます。


お互いの「やめどき」が難しい
他には、お互いに「もう、出さなくても良いよね。でも、やめにくいな。」と相手の出方を見ているような雰囲気の年賀状もあります。例えば、以前は元日に届いていた年賀状が、ある年からは「こちらから来た年賀状を見て、改めて出した」らしい年賀状などもあります。その反対もあります。


半端な年賀状は相手に「悲しみと怒り」を与えてしまう
いろいろなパターンがありますが、年賀状はどうせ出すと決めたならば半端なもの出すくらいなら、いっそ出さない方がマシです。印刷面だけの年賀状だと「とりあえず出したからね。」と宣告されているようで悲しいですね。失礼だとか、怒りが沸くのではなく、正直に悲しいです。そもそも、怒りとは悲しみの裏返しです。悲しみは怒りの裏返し。「怒った」というと強い印象があり、「悲しい」というと弱い印象がありますが、根本は同じものです。


年賀状にまつわる私の失敗
実は、私は最近、年賀状で反省すべき出来事がありました。結果として年賀状のことで複雑な思いをさせてしまったようです。夫の親類の方で、遠方に住んでいて、全く交流もないので、たまたまずっと年賀状を出さなくなった方がいます。ところが少し前に冠婚葬祭の席で久しぶりに会ったとき「まずかったな~」と思うことがありました。


親類は「交流がないから」と出さないのは注意が必要
その親類のうち、姉妹の方がいて(夫の伯母、叔母)、伯母からはいつも元日に年賀状が届くので、必然的にずっとこちらからも年賀状を出していました。ところが叔母の方は、住所不明で戻って来たことが数回あり、先方からも年賀状が来ることがなかったので、ある年から、こちらから出していなかったのです。


親類は、いつか会うときがある。年賀状が発端で複雑なことに・・
ところが伯母が姑に「ずっと年賀状ももらっているわよ~」と何気なく言ったのを側で叔母が聞いており以前会った時はとても愛想の良かった叔母が気のせいか(いや、そうではないと思います。)すごく態度がよそよそしかったのでした。姉妹であれば特に、誰か知っている人に電話をかけるなりして住所を調べて書くべきでした。あくまで推測ですが、「姉には年賀状を出しているのに、私の所には出していないなんて・・」と知って不愉快でないはずはありません。一枚の年賀状でも、「うっかり」から、こんなプチトラブルが起ることもあります。


一度与えた悪印象を払拭するのは難しい
叔母には、複雑な思いをさせてしまい申し訳なかったと思っています。年賀状は、枚数が多いので、つい昨年来た年賀状を元に事務的に作成して投函して安心してしまいますが、注意深くひとり一人を思い浮かべながら「出すのなら誠意を込めて」作らなくてはいけないと反省した一件でした。そういう漏れをなくすには、やはり早めの準備だと思います。


時間に余裕のない年賀状作成が余計なミスを起こす。せっかく出すなら・・
時間がないと、どうしても適当な年賀状が仕上がってしまいます。すると、お互いに微妙に怒ったり悲しんだりするという本来の目的とずれた役割をしてしまいます。そういうことがないように「出す」と決めたならば、少し早めにテキトーではない年賀状を用意した方が良いかも知れません。




2014/10/29

余計な物を買ってしまった!


「あれ?」

「あれ?」

「あれ~~~~????」

ドライヤーの熱風が突然出なくなりました。
何度試しても冷風しか出ません。
まだ、壊れるにはちょっと早い。
でも、そういうこともあるのだなあ・・と、事態を受け止めました。

アマゾンに注文をすれば、安く買えるし(以前もアマゾンから買いました。)普通便でも翌日には届きます。でも今日の夜、家族が使えません。たった一晩ですが、風邪を引かせそうだし、寝癖の頭で出かけさせる訳にもいかないと思い、家電店に行って同じものの現行品を買ってきました。

同じシリーズを買ったのですが、説明書を読むと・・「え~~~???これって冷風のロック機能なんてあったの?」と言うことは・・と、壊れたと思ったドライヤーをおそるおそる試すと、なんと同じように冷風の状態でロックがかかっていただけなのでした。

これまで、一度もそれに気がつかず、壊れたと思い早々に買ってきたというのに。しかも、通電してしまったので返品もできませんしね。あ~あ。

古い方・・と言っても、2年くらいなので微妙です。新しい方を使ってしまい古い方を処分するのが妥当なのでしょうけれど、まだまだ使えます。新しい方をリサイクル店へと思いつつも、近くにないしヤフオクもやっていませんし。確か実家のドライヤーが古かった気がするので、そのうち送ろうかなと思います。

簡単な機能の小さな家電でも、トリセツを読む事って必要なんですね。日本の家電はまだまだトリセツの熟読は必要です。このような単純な機能の家電はトリセツも保証書も、すぐに捨ててしまうのですが、たまにこんなこともありますね。ご注意下さい。




参考までに
このドライヤーです。お手軽価格ですが、髪の毛がサラサラになり、ブラシも髪の毛をしっかり捕らえるので非常に使いやすいです。個人的に古いタイプの方が使いやすいと思います。理由は古い方(tic833)は温風・・赤いランプ点灯、冷風・・緑ランプ点灯 とランプ色が切り替わります。そのため、鏡を見ながら変わった色を確認して冷風がでているのか温風が出ているのか確認しやすいところが気に入っていました。ところがなぜか新しい方(tic843)は私の勘違いでなければ、色の切り替わり機能がなくなったようなんです。常に緑のランプのみになったよう。なぜ?(トリセツも確認しましたが、ランプの色が切り替わるとどこにも書いていないので、多分、間違っていないと思うのですが。)便利だったのに。というわけで、結局、古い方を使っています。




古い方
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新しい方

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2014/10/08

捨てる書類の分別より重要なこと。


内容にもよりますが、疑問があるときは、その場で担当の方に、即質問をする習慣を心がけています。


まさに「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」です。質問をするときは、ちょっと迷います。「こんな事を質問をして良いのかな?」「こんな事を聞く人いるのかな?」「クレーマーと思われないかな?」「こんな事もわからないの?と思われないかな?」とか。

今日も、外出した折に、「あれ?」と思ったことがありました。多分、間違いないんだろうな・・と思うことでしたが、もし、間違いだとすれば「後でもう一回行く必要があるだろうな。」と思われました。で、やっぱり質問をしました。結果は、間違いではなかったのですが、質問をしたので、内容がハッキリわかりスッキリ安心して帰宅できました。これで、同じような事があったとき、「これは、こういうこと。」と確信できます。


例えば、皆さんは「銀行や役所が表記や数字の記載ミスをすることなどない。」と思っているかと思います。もっとも、最近はいろいろデジタル化が進んでいるので、実際に滅多にないのかもしれません。けれども、数年前には役所や銀行の数字や表記のミスを何度も経験しています。


書類整理で重要なのは捨てる物を分別することではありません。中身の確認が重要です。表記、計算に誤りがないかなど詳細に確認をした方が良いです。書類の控えとは、間違いがないか確認してもらう意味もあるのです。頻繁ではないですが、時に誤りもあります。控えだけ受け取って中身を確認しないのは、損をしても泣き寝入りです。そういうことは、こちらから申し出ない限り、先方から教えてくれることなどありません。


また、ミスがなくても、わからないことは、質問するべきです。「こんな事も分からないなんて恥ずかしいのではないか?」なんて思う必要はありません。同じ質問が多ければ、先方は説明書きをもっとわかりやすくしようと考えさせるきっかけにもなります。

「質問をする。」「わからないことを放置しない。」習慣は、受け身ではなく能動的な生き方の一端です。



2014/09/23

『消費とは知的冒険である』

今朝の日経新聞に入っていた「日経マガジンスタイルは雑誌「LEON」が編集協力した特別号だそうです。今回のテーマは「消費」についてです。冒頭に「消費、つまりモノを選定し購入することは『LEON』の創刊以来のテーマ」とあります。普段、「消費しない」ことを主なテーマにブログを書いていますので非常に興味深いテーマです。そのため、反対側の視点の主張をテーマとしているこの冊子を読み、興味深い点についてまとめてみました。


日経マガジンスタイル


以下要約文です。


『消費とは知的冒険である。』
消費は、しばしば否定的にとらえられる。しかし、「LEON」の考えはちょっと違う。消費は確かに欲望から起きる。欲望は好奇心から起きるものだ。好奇心が欲望となり、消費につながる。つまり消費とは想像を巡らす知的な行為なのだ。消費とは人生を楽しむための知的冒険である。



1万円でも王様になれる
消費の理想とは何か。それは、高価な物からすること。それが価値ある消費の最良の近道。クルマのショップであれば100万単位のお金が必要になる。しかし、スーツのショップでは50万円で王様になれる。靴のショップならば、20万円で。眼鏡のショップならば10万円。ドレスシャツならば5万円。ハンカチーフや下着であれば1万円で十分だ。すなわち、1万円で王様になれる。金額の多寡に寄らず素晴らしい買い物が出来る。必ずしも高価でなくてもよい。それでも価値のある消費はできる。



草食男子はスマートか?
「草食男子」とはいつしかお金を使わない若者の呼称ともなった。草食系男子はコストパフォーマンスの高さを正確に見極めた消費が出来る。ゆえにスマートだという。しかし、これには矛盾がある。草食系男子は高級じゃなくても良い物を知っているという。だが、そんなことはありえない。なぜなら、高級なものを味わったり、着心地の良さを体験しなければ真の良さはわからない。順番がある。高級な消費をせずにコストパフォーマンスの高い消費をすることができる者などいない。いまのお金を使わない草食系男子には、スマートな男などいないのだ。



安い物には理由がある
どのような消費が正解か。難しい。しかし、ひとつだけ確かなことがある。それは「安価なものには必ず理由がある。」ことだ。高価なものには理由がないものもある。「安価でも良い物」を判断するには高価で真に良い物を知っていることが必須だ。それだから消費は高価なものからするのが価値ある消費の近道だ。



ECOは楽しいか
ECOは今の時代の絶対的正義。ECOの活動に貢献するブランド商品も多くのセレブの御用達だ。ECOはいまの「ファッション」である。そのためにECOの商品を大量に消費する人もいる。でもそれは大いなる矛盾ではないか。だから買い換えるよりも古いクルマに乗ることがECOとも言えるのではないか。新しいものを買わないほうがECOである。ファッションでECOを買うのは大間違い。それは自己満足である。



見栄を張るのも大切なこと
見栄を張るのは良くないといわれる。しかし、都会の高級ホテルやレストランにカジュアルスタイルで行くのは失礼なこと。それよりも不相応でも高価なスーツを着て見栄えをよくするのがルール、マナー、エチケットだ。見栄は時に他者への気遣いにつながる。ただし、キメすぎはよくない。ほどよく見栄を張ることができるのが成熟した大人の嗜みである。



感想
とかく消費を悪者扱いしがちです。けれども、消費を考えることは好奇心であるということは、まさに目から鱗でした。確かに、人間は好奇心があったからこそ未知の世界に一歩踏み出し、現在の繁栄があるのでしょう。欲望や消費を考えているときは好奇心が働いているのだと自覚することで違う冷静な判断ができそうです。


「安物買いの銭失い」という言葉があります。本当に良い物を見極めるには、そもそも良いものを知っていなくては判断できないこと。だから順番として高価なものから買うという流れは理想かも。ただし、この辺はどうなんでしょう。若いうちに良い物を見極めるのが良いのか、若いときは安いもので我慢してステップアップするのも悪くはない気がします。どちらが良いかはそれぞれかもしれません。


安いものには確かに理由があると思います。ただし、それが装飾的か、機能的かで判断が変わると思います。また、質の良いものでも自分には不必要な機能であればたとえ良い物でも無駄になります。けれども確率的に高価な物の方が質が良いと言うことは言えると思います。


お金を使わない草食系男子は経済的に見ればアウトな存在なのでしょう。確かに、質の良い物を知りもしないで知ったかぶり顔で「これが良い」というのは経済的に見れば困った存在なのかもしれません。けれども「足るを知る」ということもあります。必ずしも消費しない若者がスマートではないとも言い切れないのではと思います。

確かに、最近はECOが正義として大手を振っている空気があります。同時に実態には矛盾した現実があることも。ECOの真偽はとかく情報収集が大事です。また、時々研究の成果などで逆転することもあります。ときどき短いサイクルで最新の情報収集をすることが重要のようです。


見栄はときに他者への気遣いになるということには賛成です。確かに高級ホテルだけではなく、友人宅に招かれたとき、どうでも良い服装で現れたら「その程度と思われてるのね。」と思いますからね。(もちろん高級スーツまでは着なくても)人目を意識した物選びをする場合、「誰のためなのか」を意識することも重要ですね。また、自分のための見栄も時には必要かもしれません。初対面の相手と会うときには判断材料は身につけている物が重要になったりしますから。



(最後に)
日経新聞は経済の新聞であり雑誌LEONも「買ってもらうため」の雑誌です。(しかも高級品が中心)そのため高価なものを買うことに肯定的な内容であることがこの冊子には必須だったといえます。確かに若干、矛盾を感じる部分もあります。けれども、内容は全般として納得できる主張でした。それこそ「消費は悪」という思い込みにとらわれず柔軟性を持つことが大事だと思います。






2014/09/01

布団を干すのをやめた

「干す」作業を減らすと、家事は格段にラクできます。


ベランダに布団を干すのをやめた
そもそも、ベランダの手すりって汚いですよね。そのため、以前は手すりを拭いてから干していました。手前は良いですが外側はクイックルワイパーにぞうきんをセットして拭いてました。この手間も大変ですが、途中、布団をひっくり返したり、干すために部屋から持ってきたり、取り込むのも大変。以前は苦にならなかったのですが、なんだか最近はダメです。今は全て布団乾燥機だけで乾燥しています。


洗濯物の半端な天気の日の外干しをやめた

考えてみれば、半端な天気の日でも、とりあえず外に干して、「あ~やっぱり生乾き」と取り込んで浴室乾燥機に移動して・・とせっかく干した手間も二度手間になり無駄と気づきました。


今は、当日、外で乾ききらなそうなら、外に干すのをやめました。

もともと、干す作業を洗面所付近に鴨居フック&突っ張り棒で簡易的な小さい物干しをセットしてあります。室内でセットしてから、外に持って行くのですが、半端な天気の日は、スタンバイしたら、換気扇を回し、扇風機の風を当てます。すると1時間ほどで半端な天気の日に外干ししたのと同じくらいに乾きます。その状態で浴室乾燥機で仕上げます。

このようにしたら、ベランダと洗面所と浴室を何度も行ったり来たりする手間が省けました。



外干しをしない、と急な天気の変化や、帰宅が遅くなっても気にならない

外に干したまま外出すると、急に天気が変わってあせることもあります。急に用事が出来たり、忘れて帰宅が遅くなり、しけってしまうこともあります。その点、室内干しならそういう心配も無用なのです。


虫が付く心配や、干すために出入りで虫に刺されることがない。

以前、毛布を外(ベランダ)に干していたら、変な虫がついていてギョッとしました。気づかずに取り込んでいたら・・と思うとおそろしいです。それ以来、洗濯物を取り込むときは虫がついていないか入念にチェックするようになりました。干したり取り込んだりするときにも、この夏で何度か虫に刺されました。気をつけても刺される時は刺されますね。いっそのこと、晴天の日以外は、外干ししなければ、こんなリスクも減らせます。


pm2.5、放射性物質、花粉・・鳥の糞・・ホコリ・・そもそも外干しはアリなんだろうか?
もともと、花粉症対策のため、私は2月から5月くらいの間は外干しを一切していません。それだけでなく、いろんなものが飛んでいるのではないでしょうか。今の時代、外干しってアリなのかなあ・・と疑問を抱きつつ晴天で杉花粉が飛ばない季節は外干ししています。


室内干しの頻度が増えると必然的に生地選びも重要になる
我が家は室内干しの割合が多いので、乾きやすい生地を選ぶようになりました。厚手の綿100%は御法度です。タオルは綿100%でも、薄手のものにしています。インナーは生地が薄いので綿でもOKですが、それ以外は買う時に必ず素材を確認しています。






電気代、ガス代が気になりますか?


布団乾燥機の電気代
毎日使うわけではないので、そんなに気にするほどでもないかなと思っています。



浴室乾燥機のガス代
我が家の浴室乾燥機はガスを使います。我が家の住まいは、割とガス代は安いような気がします。以前住んでいたところはガス代が高かったのです。以前の住まいより浴槽も大きく、浴室乾燥機を使っても、以前の浴室乾燥機なしだった頃より安いのです。もちろん、使いすぎを控えるために、ダイレクトに乾かさず、事前に扇風機の風で大半を乾燥させるなどして節約しています。




2014/06/05

どっちでも大差ない。

「悩み」と言われているもの根源は、自分濃度が高すぎるってことなんですよね。

「自分が、自分が」

と、

自分の視点でしか見ないから、いろんな思いがわいてきます。

それから、「絶対に損をしたくない。」の思いが大き過ぎるのも同じことのようです。

損というのは、お金のことなどではなくて、例えば「どっちが低姿勢に出るか。」というようなことも含みます。例えばバスを降りるとき、椅子に座っていると次々通路に人が出てきて列に入るタイミングが掴みにくいときがあります。そういうときは、割り切って最後に降りる選択をしても実は大差ありません。

たまに「どうぞ。」と、間を開けてくれる人もいます。
そんなときはお互いに気分が良いものです。
もし「どうして私が後にならなきゃいけないの。」という気持ちでいたら、そういう行動はとれません。

誰に褒められるわけでもない、こうした場面でちょっとした 余裕のある行動が出来る方は素晴らしいと感じます。




先日、実家の母から連絡が来ました。


そのことで実家に3、4日来て欲しいと頼まれました。よく話を聞いてみると、私
の判断では本当に私が行かなくてはいけないのはせいぜい、2か程度だときづきました。

さて、どうしよう。
本心は本当に必要な2日間だけにしたい。

けれども、母の希望の半分にしたいと言ったら母はがっかりして、またあれこれ思い迷うのだろうなと(母が)思いました。今回は、何も気づかないフリをして母の希望に沿うことにしました。

以前だったら、母に説明をしてそして納得してもらうのに難儀していたと思います。挙句はちょっと険悪な雰囲気にもなりかねなかったでしょう。


状況にもよりますが、「腑に落ちないな。」と気づいても可能な範囲で相手のいうがままに行動するのも時には有効です。

思い起こしてみれば、社会でうまくいっている人の共通点は、ここにあります。自分濃度が薄いのです。少しくらいの損には、いちいち反応しないのです。


それは、相手に媚びるとか気が小さいということではありません。おそらく、その人にとっては「どっちでも大差ないこと」だからです。


世の中には「どっちでも大差ないこと」は非常に多いです。

悩みや迷いもその範疇ではないだろうかと自問すると、意外にたいしたことではなかったりします。

自分の事だと思うから苦しい様な気がするだけの事もあります。他人の事だと思ってみると解決策はシンプルなものです。






2014/04/20

褒めない人間関係。

「おキレイですね。」


テレビで、相手にそう言っている方を見ると違和感を(⌒-⌒; )おぼえます。


多分、絶世の美女のような方には、おそらくそんな言葉をかけませんよね。


たいてい「おキレイですね。」と言われるのは、元の容姿は普通だけど服やメイクのセンスが良くて自己プロデュース力があるような方です。


つまり努力で「おキレイ」になっているような方に放たれる言葉であることが多いようです。


違和感を覚えるのは、多分、その言葉にさりげない「上から目線」な匂いを感じるからです。


最近読んだ本に「褒める」ことについて意外なことが書いてありました。

一般に、褒めることは良いこととされます。でも冷静になってみると褒めるとは褒められる相手より立場が上という自覚があってのものです。


その本によれば、幼い我が子が皿洗いを手伝ってくれたら「えらいね。」と褒めますが、自分のオットに「偉いね。」と「褒める」ことはしないでしょうという話です。


つまり「褒める」とは相手との間に知らず上下関係を作っているということに繋がるのだそうです。


そういえば、年齢も上がってきた我が子に褒め言葉を投げかけると喜ぶどころか、かえって不機嫌になることを経験しています。

子供が言うには、「この程度のことで褒めるのは自分を信頼していないか、バカにされてような気がする。」んだそうです。
(ーー;)


そんなつもりはなかったのですが言われてみれば確かにそう思われても仕方ないのかなあと。





子供の年齢にもよりますが、例えば対等な立場のオットにであれば褒めたら変ですからね。じゃあどうするかというと感謝の気持ちを言うことです。

家族であれ他人であれ褒め言葉を発するときには注意が必要だと思いました。


注意だけではなく自分と関わる人の全ては対等だという意識を忘れないことが大事なんでしょうね。


特に我が子に関しては、うっかりすると「褒める」という上から目線な態度を取りがちです。

一人の対等な人間だということ忘れず接したいと思います。






2014/04/09

この春からは「フットワークを軽く」。

最近、心がけているのは「フットワークを軽く」です。


と言っても、私の事ですから「その程度?」と思われるような本当に些細なことばかりですけどね。



たとえば、歯医者さんに行くこともそのひとつです。普段、かなり気を使って歯磨きをしていたのに、虫歯が新たにできていたり、数年前に治療した個所が再び不調になってきたりと、しばらく通院しなくてはいけませんが、仕方ないですね。放置しても勝手に治ることは絶対にありませんから、淡々と通い続けることでしか完治という解決に至ることはありません。けれども、治療をしていけば、必ず完了の時が来ます。



頭に浮かんだ「気になる事」があれば、なるべく「気が付いたその時」に「すぐ実行」することを習慣にしようと決心しました。そのときに、必要以上にネットなどで「調べ過ぎない」こともモットーにすることにしました。基本的な知識は必要ですが、頭の中だけで考えることと現実には違いが多々あるからです。見もしないうちから頭でっかちになるのは良くないと思っています。余計な先入観を持たないためという意味もあります。




このような事を心がけてから、最近は約1月に間に、約5つの「気がかり」に関して行動して次の段階に進む事が出来ました。その段階は、全て自分ひとりで解決を見られるものはなく、全て他の方の協力あってこその事ばかりです。たとえば歯科治療では、医師、スタッフの力なくては治療はできません。そのたびに「ありがたいな。」と感謝の気持ちでいっぱいになります。



家族で暮らしていると、自分の事だけに限らず、いろいろな「気がかり」や「しなくてはいけない事」が次々と出てきます。余計な事を考えずに、淡々と受け止めつつ、一つ一つ行動におこし、次のステップへの段取りを作っていくことで段々と気分が軽くなっていくと感じます。



行動するまで億劫、めんどうくさいというのは「言い訳」であって、本音をいうと「勝手のわからない事に踏み出すことに不安があるというだけだったのだ。」と最近になって気が付きました。誰しも、未知の事には不安があるものですが、「案ずるより産むがやすし」とはよく言ったものだな・・と思います。



そう言えば、思い出したのは、少し前に読んだホリエモンこと堀江貴文氏の本です。「ゼロ なんにもない自分に小さなイチを足していく。」と言うタイトルですが、まさに、これ!と思います。堀江氏は本の中で「成功とは小さな成功体験の積み重ねによるものだという話です。」笑われるかもしれませんが、私が歯医者さんで、一本1本、歯を治していくことも「小さな成功」だと思うのです。少なくとも私にとってはそうです。






2014/03/04

変化を認める

ある程度の年齢以降の女性は、自分が最も輝いていたであろう時期のファッション、メイク、ヘアスタイルを引きずりがちだそうです。


日用品や食品などに関しては、定番物を使い続けることは問題ないと思います。

けれども、己の見た目に関することは例外かと思っています。


自分が思う以上に、実は見た目年齢は上がっていると判断するのが無難です。


若かりし頃は最先端だった事も、今は「懐かしい」ものへと変化しています。


「イタイ人」にならないためには、変化を認める事だと自分に言い聞かせています。


鏡と店員ほど不正確な表現者はいません。


鏡は自分で脳内編集しますから、現実よりよく見えます。


店員の褒め言葉は、基本 売るためのお世辞です。


本当の自分の印象を教えてくれるのは、写真と実母の意見だそうです。






2014/01/26

凝ったスイーツよりも、こたつでみかん

凝ったスイーツもおいしいですが、やはり日本の冬は「こたつでみかん」が最適です。実際には「こたつ」の使用をしていませんが、みかんは必ず常備しています。それともう一つ、リンゴです。


年末に買ったものが、ちょうどなくなったので、先日注文をしました。お店から買うと高いし重いので通販を利用します。探せば訳あり品でも品質が良くて安い物が見つかります。


この辺のコツは、勘ですが、初めて買うお店でも、最近は失敗したことがありません。少しだけそのポイントを言うと、あまりにランキング上位過ぎるところは避けています。品質や応対の問題ではなくて販売数が多すぎるとどうしても確率の問題で支障が出やすいからです。


それから、商品レビューだけではなく必ず「ショップレビューの参考になる順」をチェックすることです。これまでの傾向として生鮮品であっても、品質の良い物を扱っているところは注文から到着までの期間が短くて素早いです。


果物は、生ものですが、突然完熟したり、収穫時期が変化しません。ある程度収穫量の予測はできるはず。だからあまりに早い時期から予約販売を請け負っているお店や、訳あり品の到着日が3~5日の間くらいなら問題ないですが、それ以上の範囲で未定というのはお店の体制に問題アリと判断して避けています。(あくまで私個人の考えです)


話がそれましたが、いろいろなスイーツが販売されていますが、ほとんどが大量の砂糖、脂を使っています。最近、わが子は市販のスイーツは、「脂っぽい」「甘すぎる」と言ってあまり食べなくなりました。

けれども訳ありで買ったリンゴをカットしてテーブルに置いておくと、あっという間に食べてしまいます。たまにミカンを切らすと「みかんはないの?」とがっかりしています。


最近、いろいろな「健康に良い」「美肌になる」「ダイエットに効果がある」「便秘が解消する」という健康食品のようなものが宣伝されています。


どんな原料を使っているかわからないものよりも、このような生の生きた食品をシンプルに食べる方がずっと効果があるような気がしています。野菜を食べることが健康の秘訣のように思われていますが、野菜に限らず、要は、加工品ではない生きた食材を食べることが重要なのだと思います。(昔読んだ本にそんなことが書いてありました。)


(ただし、果物を初め生の食材は体を冷やす物が多いので適切な量を食べる事も大事です。)



同時に「何かをより食べる」ことではなく「余計なものを食べない」事がもっと大事だそうです。(これも本の受け売り)



食べるものもシンプルにした方が、きっと健康になれます。









2014/01/25

バッグに入れる荷物の現実。

この10年で、ビジネスバッグのサイズの主流にはサイズに変化があるそうです。10年前までは書類、ノートパソコン、手帳、地図、本を入れるために大型サイズが必要で、それが主流だったそう。確かにそうですね。ところが、「いまどき」ではのとパソコンからタブレットになり、持ち歩く書類や荷物も減っているそう。他の荷物も小型化されているので荷物が減って薄いタイプが主流だそうです。(NIKKEIプラス1、2014年1月18日記事より)



確かに、そうですね。でも、ふと思ったのですが、だんせいが持つビジネスバッグは薄く小型化しているようですが、女性のバッグは、あまりそのような話を聞きませんし、見かけません。むしろ、大型化しているような気もします。


自分の持ち物を振り返っても、たいして荷物の量もバッグのサイズも変化がありません。頑張っていろいろ減らそうと思うのですが、あれもこれも必要で、なかなかバッグを小型化することは難しい気がしています。


むしろ、最近は荷物が増えています。


たとえば、特に、最近は、家にいるときは何ともなくても、出先で急にセキが出て困ることがあります。ホコリや乾燥の関係だと思います。これは、今に始まったことでなくて、20歳くらいのころからずっとそうです。


もしかすると軽いアレルギーなのかもしれません。以前の住まいでは移動手段はずっと自動車がメインでした。だから、車の中に水筒をおけばよかったのですが、今は電車とバスが中心です。バッグに入れて持ち歩かなくてはいけません。


水を少し飲みさえすればすぐに落ち着くので、最近では冬から春にかけての外出には必ず小さい水筒を持ち歩いています。最小サイズの200mlのを持って出ます。いくら小さくても、やはりその分荷物が増えます。



よく大阪の年配の女性は、みんななぜか「あめちゃん」を持っていると少し前にテレビで話題になっていました。当時は不思議だったのですが、今では良く理由がわかります。



急に、のどがカラカラになって苦しいことがあるのです。そんなとき飲み物を飲まないまでもアメをなめるといくらか落ち着きます。飲み物を出しにくい雰囲気の時にはアメでしのぐこともあります。私も、最近はバッグの中に必ず「あめちゃん」を持ち歩くようになってしまいました。(その代り虫歯にならないように、必ずノンシュガーのものです)




それ以外には、紫外線防止のため冬でも外出時には極力サングラスをかけます。掛けていない時は何とも思いませんでしたが、一度掛け始めるとその快適さにサングラスが欠かせなくなりました。さすがに、真夏以外のお店でのサングラスは怪しい気がするので、買い物のときには外します。と、その分また荷物が増えます。



こんな調子なので、最近は時代の流れとは裏腹に、バッグに入れる荷物は増えています。タブレット等デジタル機器はビジネスマンの荷物を減らしたかもしれません。けれども、私のバッグはスリム化は難しいかもしれません。でも、工夫でなんとか身軽にする方法をいろいろ考えようと思っています。






2013/12/30

毎日、同じような服装をしています。

最近、本当に毎日同じ様な服装をしています。


特に秋冬は、その傾向が大きくなります。


というのは、外出時には、コートをぬがない場所へ行くのがほとんどだからです。


それでも、以前は、コートの下もあれこれ考えてコーディネイトしていました。それで、当然なのですが、結局誰にも見えないわけです。なので、なんだかバカバカしくなって、「いつも同じで十分。」と割り切る事にしました。

秋冬は、コート、巻物、靴(ブーツ)、少しアクセントになる色のバッグ(コートの色が地味なので)があれば十分ですね。


秋冬の場合、私にとってコーディネイトよりも重視するのは「汚さない。」「においをつけない。」ことです。真夏の服のように洗濯機でじゃぶじゃぶ洗えないコートは、何より予防が大事です。

ストールやマフラー、タートルネックのカットソーやニットは、オシャレのため・・と見せかけて、その実、汚れ対策なのです。


幸いなことに、秋冬には首元が暖かそうだと、それだけでオシャレのポイントがアップする気がします。オシャレの基本
・寒い時には暖かそうに、・暑いときには涼しそうに、・・ですよね。



そういえば、先日、気になっていた本を書店でパラパラとザッと立ち読みしたのですが、(図書館で予約待ち中)


本によると、無印良品は店頭に陳列する洋服のコーディネイトの方法もマニュアル化しているのだそうです。たとえば、「シルエットを逆三角形に。」「2体のコーディネイトを並べるときには、一体は無地で、隣には柄物を取り入れたコーデで・・」のような内容だったと記憶しています。


コーディネイトのセンスは、これまでセンスある人の物と思われていた部分もマニュアル化しているというのがすごいですね。


こうしてみると、ミニマムな数の洋服でもセンス良く見せるコツのヒントになる気もします。反対に、どんなに洋服の数や色、デザイン違いのものがあっても、センス良く見えないパターンのコーデをすれば、せっかくの「数」が活かされないということです。



ということは、店頭のディスプレイはもちろん、無印のネットショッピングのコーディネイト事例などをよ~く観察して、好きなコーデを発見したら「なぜ、素敵に見えるんだろう?」と、法則を見つけ出す事が、今後、ミニマムなオシャレのヒントになりそうだな~と思いました。





2013/12/05

ブログを,移動しました

別のブログサイトでブログを開設して3カ月が経過しましたが、本日より、こちらのFC2ブログに移動しました。

読者様には、お手数おかけしますが、これからはこちらで更新をしていきますので、よろしくお願いします。

(追記・2013年12月31日をもって、旧ブログは終了しました。ありがとうございました。)
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