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2014/03/03

持たない理由は2つのパターンがある



「多くの物を持たないで暮らしたい。」という場合、世の中の片づけ本やシンプルライフ系の本を拝見すると大きく2つのパターンに傾向がわかれています。



A:物の保管は店に任せておけばよい。いつでも店には豊富な商品があるので自宅に多くの物を持つ必要はない。


B:そもそも、生きるために物はそれほど必要としない。なるべく「あるもの」を使い、電気ガス水道等の使用もほどほどにして環境に配する。



どちらも、「自宅に多くの物を保管する必要はない。」とする点では共通しています。そのため、どちらも同じ事を推奨しているように錯覚をしてしまいます。ところが、よく読むと実は両者の主張は根本的に考えが違うのです。



Aの場合は、できれば、多くの物を必要だと考えています。けれども、「もたない」とする理由は自宅の保管スペースや管理が大変になるから・・というあくまで管理とコスト等の点を重視しています。

さらに、「コンビニやスーパーが我が家の倉庫代わりと考えれば良い。」という話も良く見られるのが特徴です。コンビニやスーパーを倉庫代わりにするということは、社会のシステムに絶大な信頼を置いていることが前提になります。戦後の日本は、通常、長らくそのシステムは滞りなく維持されてきました。ですから、そのような考えを持つ人が多くても何ら不思議はありません。


けれども、確率的にはそれほど多くはないとはいえ、時には天災などで、流通が滞ることがあります。2011年の震災や、ついこの間の雪の影響は記憶に新しいところです。長い間、何事もなく流通が整っていて商品も豊富にある場合は、すっかりそのような事を忘れています。幸いに、数日の間に、流通は元に戻りましたが、その時の事例は、いくら現代日本であっても100%完全ではないということを思いしらされました。

このとき、ある程度家にストックをしておいた人は、難を逃れることができたでしょうが、「コンビニが倉庫代わり」でギリギリの在庫で暮らしていた方はかなり焦ったのではないかと思われます。



それに対して、Bの場合は、そもそも、物や現代のライフラインのシステムに依存しすぎる事に疑問を抱いています。。ですから、ある程度自宅に必要な物のストックもしていると思われますが、普段から多くを消費する生活をしていないので、数は少なくても困らないようです。極端な例では自宅でライフラインを調達できている場合には、その維持と管理にこそ手間と時間は多少必要でしょうけれど、何かあっても自宅で調達が可能なため、変化に強いとも言えます。



つまり、Aのケースは、現代日本の社会のシステムに絶大な信頼を置いていることが大前提です。それに対してBの場合は、自給自足までいかなくても、日本の社会のシステムに大きく依存することなく、自分の家で調達できることは自分の家で解決しようとしています。そのために普段から物に頼り過ぎたり多くの物を持たない生活にしているのでしょう。


推測ですが、国としては多くの人がBに傾くことは避けたいのだと思われます。理由は、自宅で生活の基礎が完結できるとなれば、外に働きに行く必要性も低くなり、税収が入りにくくなるからです。


それに対して「もたない」と言ってもAの場合は、日本の経済等のシステムによくなじみます。ガス、水道、電気を使うためには現金が必要です。現金を得るには一般には外に働きに行くことが必要になります。すると、家事にかける時間が少なくなるので便利な家電も売れますし、自分を見栄え良くするための服、化粧品、小物、通勤のための車等も良く売れます。



最近、「多くの物を持たずに暮らす」事を目指している方は多いようです。その場合、果たして自分はA、Bどちらを目指しているのか考えたことはあるでしょうか。


物を減らそうとして、捨てすぎた後に虚無感のような感情になり、困惑する人も珍しくないと聞きます。それは、初めにA,Bどちらを目指しているのか目的を決めずにいたからかもしれません。


段捨離を実行しようと思う場合「多くの物を持たない」ケースにも2つのパターンがあることを念頭に置いてスタートすることをお勧めします。




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