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2014/03/31

持ち物の9割を捨てた人。


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数年前に持ち物の9割を捨てたというのは、この本の著者である高城剛さんです。(以前は大量に物を持っていたそうです。)







最近になって、この方の著書を読み、時代の一歩先を行っているスゴイ方だということを知りました。正確な表現ではないかもしれませんが、大雑把にいえば、世界中を飛び回り、常に斬新な視点で行動している方です。肩書きを付けるのがこれほど難しい方も珍しいのではないでしょうか。



詳細は、下手に私が説明するより本を読んで頂いた方が誤解がないと思います。



前回に引き続き、2冊目に買った電子書籍です。この本では、インタビューに著者が答えるという形式で構成されていますので、著者の事を手っ取り早く知りたい方には初めの一冊として最適です。




気になった点をいくつか引用してみます。





モノを売ることがカッコ悪くなってしまいましたからね。中略 ファッションも同じ。中略  いつも同じ格好をしているほうが、カッコいい時代になったわけです。と言うか、デザイン重視の時代が過ぎたということです。中略 いまはデザインより素材や製法が重要で、たとえばオーガニックコットンで梨地織りの無地が良いとなります。良い悪いではなく、それが時代なんでしょうね。





失うことは、得ることの第一歩だと思います。中略なにより固定観念を捨てられた事が大きい。こだわりの逸品=二十世紀的固定観念の固まりでしたからね。これは、二十世紀との決別であり、同時に形あるもの=デザイン時代の終焉を、僕の中で意味しました。






食糧危機も、皆食べる量を減らせば、かなり解決すると思うけど、そういう人は誰もいないのが不思議です。一方でダイエットブーム。食糧が不足すると恐怖を与え、痩せなければいけないと恐怖を与える。本当に不思議です。
現代社会、特にメディアは恐怖を与えることで成り立っている事がよくわかる構造です。






「モノそのものに価値を見いだす価値観の時代はもう終わった。」というところでしょうか。確かに、これまではモノそのものの価値が高かったので、デザインという「見た目」が最も重視されてきています。けれども、最近はデジタル化されるものが急激に増えて、物の概念がガラリと変化しています。



となると必然的に物があることによるデザイン、見た目の重要度は、急降下していくというのは納得がいく話です。亡きスティーヴジョブスが常に同じ服装だったのは、単に服装に頭脳を費やさないというだけでなく、そういうことも根底にあったかもしれないと感じました。




私も、一喜一憂しながら服を悩みに悩んで選んでも、また流行の変化ですぐに着られなくなるという現象や、「着まわし」等の概念には以前から疑念を抱き始めていました。きちんと洗濯がしてあり、会う人に不快感を抱かせるような極端な服装をしない限り「いつも同じ」の何が悪いのだろうとも。著者が言いたいことの趣旨とズレますが、結論を言えば、見た目重視とは物に価値があってこその概念です。つまりそういう時代はもう終わったということなんでしょう。




これまでは服や持ち物、住んでいる家、所有する車、極端に飛躍すれば容姿・・など目に見えるところが価値観の優劣を左右してきました。けれども、徐々にそれは変化しつつある、すでに変化しているということかもしれません。ただ、現実として、実際に普通に日本で暮らしている分にはまだその気配は周辺に感じることはありません。









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