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2014/04/17

「何を着たら良いかわからない」は完了

私の年代(40代)くらいになると急に「何を着れば良いか分からなくなる」人は多いと思います。


こういう時、オシャレに敏感な方からすれば「それはこれまでのオシャレ怠慢の結果」ということになってしまうのでしょうけれど。




私も例外なく「わからなくなった」一人でした。ここ数年、右往左往した感がありましたが、最近 フッと迷いが消えたのです。


思うに、「いまの自分の年齢や見た目をありのまま認める。」覚悟のようなものが出来たからかと思います。





それは、あきらめるとか、美しくあるための努力をしないというのとも違うんです。


40代の自分が30代に見えることを目指すのではなく、40代だからこそ醸し出せる 余裕、ゆとり、落ち着き、などを生かすことの方が重要だと気がついたのです。

30代に30代の20代には20代の役割があります。同じように40代には40代の役割のようなものがあります。


服に関しては、オシャレに見えることを心がけてはいますが、出来ることなら服装の事は考えないで生きられたらその方がいいと思うほうです。服の事を考える代わりに別の方に思考を使いたいのが本音です。



服装への関心の度合いは人それぞれです。もちろん、どんな場所でもトレーナー&ジーンズのような服装でいいという意味ではありません。



そこで最近考えたのは、そもそもがファッションに、さほど情熱がないので「オシャレな人であろうとする気持ちを捨てること」です。



つまり「普通」です。

オシャレ上級者を目指すのはやめる。その代わり「普通」に徹すると割り切ればいいんだと気がつきました。




思えばオシャレであろうとするから着るものに迷うのであって「普通でいい(^◇^)」と割り切ってしまえばたいして迷いません。


服を買いに行っても、そういう基準にしてからは本当に迷わなくなりました。


でも不思議にそういう基準になった途端、以前より良い組み合わせができているんです。


考えてみれば、これまで実力以上を求めていたから分からなくなっていたのでしょう。

若い世代では「フツー」とはマイナスの意に使うようです。「イヤ」「キライ」「つまらない」のような事をそのまま言葉にせず「フツー」で統一するんですね。


以前、甥っ子が読んでいた漫画を読ませてもらったら登場人物が「フツーって言うなああ-〜〜!」と叫んでいました。


思うに若年層だけでなく私くらいの世代も「フツー」であることを恐れているような傾向があるのではないでしょうか。

それがプラスに働くこともありますが時にそれが足かせにもなっているのではと。


例えば、何の不自由もなく暮らしている女性が、何かが満たされない思いに葛藤を抱く話題などは雑誌などの記事の定番です。


その後のステップとして「何才になっても輝き続けるために。」というタイトルとともに新たに仕事を開始したり習い事に行き始めるというストーリーが掲載されています。


そういうステップを踏む女性が増えるほど洋服、小物、化粧品、エステなど雑誌の広告主にとって望ましい現象がおきます。


もちろん、それらの全てが企業戦略だけとは思いません。企業側も利益のためだけに存在しているとも思っていません。


けれども、「こうありたい」のイメージは本当に自分が望んでいるものなのか。もしかすると雑誌テレビのイメージに影響を受けただけではないか。場合によってはメディアのイメージに「満たされない」と不足感を抱いているだけかもしれません。

こうしたことを自問すると、本来のあり方が見えてきます。


最近読んだ本にも書いてありましたが、思うに最近の人々は「普通であること」を恐れすぎです。

「普通であること」は注目されにくいので
すが、それの何が悪いのでしょう。

普通を目指す生き方を心がければ小さな出来事にも感謝したり喜びを見出しやすくなります。

例えば、自宅に豪華なフラワーアレンジメントがなくても一歩外に出てば美しい可憐な草花が周囲を彩っています。









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