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2014/06/05

どっちでも大差ない。

「悩み」と言われているもの根源は、自分濃度が高すぎるってことなんですよね。

「自分が、自分が」

と、

自分の視点でしか見ないから、いろんな思いがわいてきます。

それから、「絶対に損をしたくない。」の思いが大き過ぎるのも同じことのようです。

損というのは、お金のことなどではなくて、例えば「どっちが低姿勢に出るか。」というようなことも含みます。例えばバスを降りるとき、椅子に座っていると次々通路に人が出てきて列に入るタイミングが掴みにくいときがあります。そういうときは、割り切って最後に降りる選択をしても実は大差ありません。

たまに「どうぞ。」と、間を開けてくれる人もいます。
そんなときはお互いに気分が良いものです。
もし「どうして私が後にならなきゃいけないの。」という気持ちでいたら、そういう行動はとれません。

誰に褒められるわけでもない、こうした場面でちょっとした 余裕のある行動が出来る方は素晴らしいと感じます。




先日、実家の母から連絡が来ました。


そのことで実家に3、4日来て欲しいと頼まれました。よく話を聞いてみると、私
の判断では本当に私が行かなくてはいけないのはせいぜい、2か程度だときづきました。

さて、どうしよう。
本心は本当に必要な2日間だけにしたい。

けれども、母の希望の半分にしたいと言ったら母はがっかりして、またあれこれ思い迷うのだろうなと(母が)思いました。今回は、何も気づかないフリをして母の希望に沿うことにしました。

以前だったら、母に説明をしてそして納得してもらうのに難儀していたと思います。挙句はちょっと険悪な雰囲気にもなりかねなかったでしょう。


状況にもよりますが、「腑に落ちないな。」と気づいても可能な範囲で相手のいうがままに行動するのも時には有効です。

思い起こしてみれば、社会でうまくいっている人の共通点は、ここにあります。自分濃度が薄いのです。少しくらいの損には、いちいち反応しないのです。


それは、相手に媚びるとか気が小さいということではありません。おそらく、その人にとっては「どっちでも大差ないこと」だからです。


世の中には「どっちでも大差ないこと」は非常に多いです。

悩みや迷いもその範疇ではないだろうかと自問すると、意外にたいしたことではなかったりします。

自分の事だと思うから苦しい様な気がするだけの事もあります。他人の事だと思ってみると解決策はシンプルなものです。






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