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2014/09/17

自分だけの写真は全捨て。

子供が生まれる以前の写真は、基本3年前くらいに全捨てしました。


これは、ときめく、ときめかないなどに関係なく処分しました。昔はフィルムでしたが、それもです。


私が結婚するときには母は連日、私が仕事で出かけている間に私のモノを毎日断捨離処理していました。もちろん、勝手に捨ててはいないですよ。帰宅すると廊下の隅に断捨離候補群が山積みされていました。そこに出したモノは置いていくなというわけです。いるなら新たな住まい(結婚後の)に荷造りして持って行く。それ以外は捨てるか誰かに譲るか段取りしなさいというわけです。写真に関しては母が家中から私の写真を集めて全部「はい。」と渡されました。


正直、随分冷たいなあと思ったものです。けれども、今にして思えば、このときに一気に断捨離したので実家に置いてあるものは皆無です。同時にありがちな「要らない物を荷造り」することも回避できました。そう、母は元祖断捨離アンなのです。(でも、私の結婚用の家財は大量に買わされた)子供の頃から、捨てるは日常でした。新しい家具でも家電でもしばらくして「邪魔だ、使いにくい」と感じるとさっさ手放していました。母の姉妹も似たような感じです。母はそれでも緩い方です。


そんな状態が当たり前だったので、私は比較的「手放す」ことに抵抗が少ないのかもしれません。


写真でも、普通ならば娘用と実家保管用のスペアがあったりしますよね。荷物にしても独身の時の部屋がそっくりそのまま残っていたりするようです。けれども、私の場合は結婚前から毎日断捨離作業されていましたから「もう、ここに戻ることはないのだ。」と自覚が出来たようにも思えます。


思い出品とは、あると思うからから惜しくなるだけです。ないならないで暮らせます。もちろん、何か特別思い入れがあるものを無理する必要もなく、全ての方に勧めようとは思いません。ただ、私は必要性を感じないだけです。こんな風に書くと冷たい人だなあと思われるかもしれませんが。



思い出品の保管をしていないことと人情は別のものだと思っています。




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