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2014/11/01

子育て中のミニマムな暮らしの分岐点

大人だけなら最小限もアリ。けれど子供が絡むと難しい。
大人だけの生活であれば多少「変わっているかも?」と思われたとして、「まあ、そんなこともアリなんだろうね。」と軽くスルーされることでしょう。けれども、子供がいる生活は、自分(大人もしくは親)はそれで良いけれど、結局は「世間」の目をどうしても意識せざるを得ないのが難しいですね。

「フツーは持っている物」を持たない事による現実問題
例えば、いくら自分たちが「車がなくても生活できる。」と思ったとして、周囲が車が有るのが当たり前だとします。すると、子供の部活、習い事、その他の用事の送迎などには「車がある」ことが前提の段取りになります。となると「車を持たない」事は非常に厳しいものとなります。もちろん、本当に金銭的に車を持つのが困難だとか、健康上の理由で親が車を運転出来ないなどの場合は全く別です。けれども、「(車を)持とうと思えば持てるのに、持っていない」となると、どうしてもいろんな場面で気まずい雰囲気になることがあります。我が家の場合も、そういうことを想定して子供がある程度の年齢になるまでは実質必要なくても持っていなくてはいけませんでした。

子供には「世間のフツー」にある程度乗るのが妥当
子供に関連する持ち物も同じです。例えば、自分たちは「子供にスマホはまだ要らない。」とかゲーム機は「これがあれば他は要らない。」と考えていたとしても、周囲の子供がスマホを持っているのが多数だったり、複数のゲーム機、ゲームソフトを持っているのが当たり前の場合は、やっぱり「持たせるのが妥当」という選択になります。その代わり、新作が出てもいの一番に買うような事をしないなど、安易に意味なく飛びつかない(本人が小遣いを貯めて買うなどの場合は別)などを教えることでフォローしています。


時には「世間」と「フツー」に譲歩する事も必要
こういう場合「よそはよそ、うちはうち!」と、強固に親の方針を貫き通すのは子供にとってあまりに酷だろうなと考えます。自分の考えを押しころして他人に同調することや「みんなが持っているから。」という理由で同じように物を持とうとするのは子供を甘やかすということとは、一見、同じようでいて実は別に考える必要があるのです。その代わり別の部分で他者に同調しすぎないと言うことを教えれば良いだけです。


「世間とフツー」の流れに乗ることは決して「自分がない」こととは限らない。
例えば、服なんて、本来清潔であれば新しいものである必要はありません。けれども、だからといって、今の日本でつぎあてのある服を子供に着せる人はいませんよね。世間一般の「普通」に合わせて、安くても新しい服を着ています。それが甘やかすこととは別の次元の問題ということは理解して頂けると思います。


子供が関連する世間に「持たない理由」の説明は難しい
同じように、それが子供の持ち物、スマホやゲーム機なども要は同じだということです。場合によっては親が所有している車なども同じです。子供は、ただでさえ大人が考えもしない小さなことで狭い世界で一喜一憂しながら生きています。それだけで日々精一杯です。だから、親の世間とはちょっとだけ違う価値観(この場合は物をあまり持たないということ)を子供が子供や周囲の大人にうまく「持たない理由」を説明するのは困難だと思います。昔であれば「持っていない。」=「買えないから。」という単純な理由だったと思います。しかも、そういう人は大勢いたので、さほど目立つことはなかったかもしれません。

現代は「持たない」理由のほうが難しい
けれども、今は「持っていない。」理由は難しいのです。「持ちたくない。」という理由はまだまだ世間一般にはあまり浸透していないのが現実だと実感しています。大人だけの暮らしになるまでは、もしくは子供が大人になるまでは、ある程度「フツ-」に徹して世間並みの物を持ち、子供に持たせるのは平穏に暮らすために必要なことなのです。


このブログのサブタイトルの理由
私がこのブログのタイトルに「ちょっとミニマム」と添えているのもそうした理由にあります。本当は大人だけであれば(オットが同意した場合は)もっと最小限の物で十分だと思います。今も「本当は不要」に思えるものはたくさんあります。けれども、やっぱり子供には世間一般の「フツー」の中で「どうして持っていないの?」な余計な苦悩をわざわざ追加する必要性を感じません。

本当のところ思い出品ほど捨てても影響のないものはない。
将来的に、子供が自分で自主的に余計な物を持たない選択をするか、それとも人並みにいろんな物を持とうとするかはわかりません。けれども、今は子供に関する物についてはある程度「世間並み」の物をそろえています。その代わり、子供にもオットにも全く影響のないものに関しては物を減らしてきました。思い出品は捨てられないと多くの人が言います。けれども、本当のところ思い出品ほど捨てても誰にも影響のないものはありません。写真もそうです。(子供関連の思い出品は子供が絡んでいるので別)


最後に
要は、最小限の物で暮らすとは言っても、家族で暮らしている場合、特に高校生以下の子供がいる場合はある程度限界もあるということです。もちろん「子供がいるから物が増えるとか片付かない・・のたぐいの話は別ですよ。本当は世間やフツーと言われる価値観に流されずに貫くのが理想です。けれども、そうした方針を合う人ごとに話して説明することは不可能です。となると、「変わっている人」「変な人」下手すると「KECHI」などと言われかねません。大人だけであれば好きでやっている事ですからそれぞれの判断で良いのです。けれども子供がいる場合は極端な暮らし方の方針は影響を与えてしまうことがあります。ケースバイケースですが注意して程ほどにする必要が有るというのが現実だと思います。




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