2014/11/15

出さない方がマシな年賀状とは。

毎年「そもそも年賀状って必要なの?」と思うけれど
そろそろ、年賀状の準備を考え始めている事と思います。毎年、年賀状については「いっそ、なくても良いんじゃないか。」とか「無駄なのではないか。」なんて考えが脳裏をかすめることがあります。こんなことを書くと、怒る方もいるかも知れませんね。




筆無精の人にはそもそも負担なのかもしれない
・・と思うのは、裏も表も印刷だけの年賀状を頂いたときです。中には、筆無精の人もいるので、悪気がない事がほとんどだと思います。けれども、こういう方は苦手な年賀状を習慣本人にとっても負担なはずです。

けれども素っ気ない年賀状はもらうと悲しい
それから、いつもは一言添えられていたのに、その年に限って印刷だけだったりすると、「私、何か失礼な事をしたかな?」とか「何かあったのかな?心の余裕がないのかな?大丈夫なのかな?」といろいろ考えてしまいます。


お互いの「やめどき」が難しい
他には、お互いに「もう、出さなくても良いよね。でも、やめにくいな。」と相手の出方を見ているような雰囲気の年賀状もあります。例えば、以前は元日に届いていた年賀状が、ある年からは「こちらから来た年賀状を見て、改めて出した」らしい年賀状などもあります。その反対もあります。


半端な年賀状は相手に「悲しみと怒り」を与えてしまう
いろいろなパターンがありますが、年賀状はどうせ出すと決めたならば半端なもの出すくらいなら、いっそ出さない方がマシです。印刷面だけの年賀状だと「とりあえず出したからね。」と宣告されているようで悲しいですね。失礼だとか、怒りが沸くのではなく、正直に悲しいです。そもそも、怒りとは悲しみの裏返しです。悲しみは怒りの裏返し。「怒った」というと強い印象があり、「悲しい」というと弱い印象がありますが、根本は同じものです。


年賀状にまつわる私の失敗
実は、私は最近、年賀状で反省すべき出来事がありました。結果として年賀状のことで複雑な思いをさせてしまったようです。夫の親類の方で、遠方に住んでいて、全く交流もないので、たまたまずっと年賀状を出さなくなった方がいます。ところが少し前に冠婚葬祭の席で久しぶりに会ったとき「まずかったな~」と思うことがありました。


親類は「交流がないから」と出さないのは注意が必要
その親類のうち、姉妹の方がいて(夫の伯母、叔母)、伯母からはいつも元日に年賀状が届くので、必然的にずっとこちらからも年賀状を出していました。ところが叔母の方は、住所不明で戻って来たことが数回あり、先方からも年賀状が来ることがなかったので、ある年から、こちらから出していなかったのです。


親類は、いつか会うときがある。年賀状が発端で複雑なことに・・
ところが伯母が姑に「ずっと年賀状ももらっているわよ~」と何気なく言ったのを側で叔母が聞いており以前会った時はとても愛想の良かった叔母が気のせいか(いや、そうではないと思います。)すごく態度がよそよそしかったのでした。姉妹であれば特に、誰か知っている人に電話をかけるなりして住所を調べて書くべきでした。あくまで推測ですが、「姉には年賀状を出しているのに、私の所には出していないなんて・・」と知って不愉快でないはずはありません。一枚の年賀状でも、「うっかり」から、こんなプチトラブルが起ることもあります。


一度与えた悪印象を払拭するのは難しい
叔母には、複雑な思いをさせてしまい申し訳なかったと思っています。年賀状は、枚数が多いので、つい昨年来た年賀状を元に事務的に作成して投函して安心してしまいますが、注意深くひとり一人を思い浮かべながら「出すのなら誠意を込めて」作らなくてはいけないと反省した一件でした。そういう漏れをなくすには、やはり早めの準備だと思います。


時間に余裕のない年賀状作成が余計なミスを起こす。せっかく出すなら・・
時間がないと、どうしても適当な年賀状が仕上がってしまいます。すると、お互いに微妙に怒ったり悲しんだりするという本来の目的とずれた役割をしてしまいます。そういうことがないように「出す」と決めたならば、少し早めにテキトーではない年賀状を用意した方が良いかも知れません。




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