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2014/12/10

12月を「最後の月」と思わない生活。


12月は、1年の最後の月。1月は新しい始まりの月。・・こんなイメージを抱きがちですが、実際は12月は最後ではなく、1月は最初でもなく、時の流れに区切りはありません。現在の6月が始まりで5月が最後の月でもかまわないわけです。1月が始まりで12月が最後の月と決まったのは「たまたま」に過ぎません。


私の時間の流れのイメージは「らせん階段」です。更に言えば、このイメージも本来の姿とは違うのかもしれません。とはいえ、時の流れに始まりがあって、終わりがあり、また新たな一年が始まるという概念は、1月に心機一転するきっかけになる反面、12月になると複雑な気分になることもあるでしょう。現時点では、生き物が誕生して最期を迎えるのは必然です。そういう面には誕生という始まりと最期という終わりがあります。けれども生命全体として観察すれば親から子へ受け継がれると言う意味においては正に時の流れはらせん階段です。


らせん階段のイメージは、ぐるぐると円を描くように同じ位置に巡りつつ、少しずつ年齢を重ねる分、いつの間にか変化していきます。なので、一般のイメージほどには始まり、終わりという概念はありません。階段の下にいるときには上を見上げてもよく状況が見えません。けれども、上の位置に移動するにつれて下を見下ろせば過ぎた過去は下から見上げたときよりは見えやすくなっていきます。


私の場合は、そんな風にカレンダー的概念になるべく影響されず、円を描くように長い時間の流れの中で、「たまたま今の位置に立っている」・・そんなイメージで暮らしています。なので「12月31日のカウントダウン」、「ゆく年くる年」、「紅白」「年賀状」「おせち」「はつもうで」など季節の行事はそれなりに楽しみますが、時間の流れの概念はカレンダーにまどわされることなく自分の感覚を優先しています。




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